昼のツリーに吊られているもの

写真怪談

冬の市役所前広場には、毎年同じモミの木が立つ。
枝いっぱいに赤と銀の球、雫みたいな赤いオーナメント、リボン形の飾り。電球のコードが黒い蔦みたいに絡みついて、夜になるとそれが一斉に光る。

昼休み、なんとなくそのツリーの前を通りながら、私は毎日、飾りの数を数えていた。
今年の私は総務課の「飾り付け担当」だったからだ。

「全部で百二十個。なくしたり割ったりしたら、報告書だからね」
飾り付けの日、係長はそう言って、段ボール箱とチェック表を渡してきた。

ところが作業が終わってツリーを見上げたとき、私はすぐに違和感に気づいた。
表に載っていない飾りが、ひとつだけある。

それは、写真に写っているような、赤いしずく形のオーナメントだった。
他の球形のものと違って、先が少し尖っていて、金色の筋が血管みたいに絡んでいる。
吊り下げた瞬間、指先が水に触れたみたいに冷たくなって、思わず手袋を確認した。破れてはいない。

「それ、どこに入ってた?」
脚立の下から係長が聞いてきた。

「箱の底です。予備ですか?」

「いや、予備は全部、銀色の球だよ」

係長は苦笑いして、「まあ、華やかでいいじゃない」と片付けてしまった。
私は表の空欄の端に、鉛筆で小さく「赤・雫形」とだけ書き足した。

それから数日、ツリーは昼も夜も人気だった。
子ども連れが写真を撮り、高校生が自撮りをし、仕事帰りの人たちが立ち止まる。

けれど私は、どうしてもその赤い雫を正面から見られなくなっていた。
晴れた昼間、風もないのに、あの枝だけが微かに揺れていることがあるのだ。
金属のきしむ小さな音が、針葉の奥から聞こえるたびに、誰かがそこでぶら下がっているような気がした。

一度だけ、意を決して近づいたことがある。
昼休みの終わり、広場に人の姿がないのを確かめてから、私はツリーの正面の一番低い枝に顔を寄せた。

銀の球には、私と庁舎と青空が反転して映っていた。
問題は、赤い雫の方だった。

そこには、夜が映っていた。

真昼の広場のはずなのに、暗い空と、点々とした照明と、人影。
その中で、ひときわ大きな黒い塊が、ツリーの真上からぶら下がっている。
輪郭はぼやけているのに、足がだらりと揺れていることだけははっきり分かった。

私は後ろを振り返った。
もちろん、現実のツリーの上には何もない。雲ひとつない空があるだけだ。

「見ちゃった?」

背後から声をかけてきたのは、警備員室のベテラン警備員だった。
広場の様子を見回っていたらしい。

「な、何を……ですか」

「その赤いのさ。去年もあったろ?」

私は首を振った。去年はまだ、別の部署にいた。

警備員は、ツリーを見上げながらぽつりと言った。

「去年の飾り付けの時さ、業者さんが一人、落ちたんだよ。脚立じゃなくて、もっと高い作業車から。
 真上の枝に、何か引っかけようとしてたらしい。誰も直接は見てないけどね。音だけ聞こえたって」

私は無意識に、赤い雫に視線を戻した。
そこには、さっきと同じ黒い塊が揺れている。

ただひとつ違うのは、その“目線”だった。

さっきまではツリーの上から地面を見下ろしていたはずなのに、今は、真下にいる私の方を見ている。
正確には、私のすぐ後ろの、空っぽの脚立を。

その足もとで、何かがぎり、と鳴った。
風は吹いていない。
電球のコードも、針葉も、他の飾りも静まり返っているのに、赤い雫だけが、誰かの重みを支えているみたいに、ゆっくり揺れていた。

その日から、私はツリーの前をできるだけ避けるようになった。
それでも広場を通らざるを得ない日はある。
通り過ぎざまに横目で見ると、赤い雫の位置が、少しずつ下がってきているような気がした。

最初は、一番上の枝近くにあったはずだ。
一週間後には、その下の段。
さらに数日後、私の肩より少し高いあたり。

係長は、「装飾ってそんなもんだよ。枝が重みで下がってくるんだ」と笑っていた。
でも、チェック表の「百二十個」は、ずっと変わらないままだった。
誰も飾りを足していないのに、ツリー全体の密度だけが、ゆっくりと増しているように見えた。

クリスマスイブの前日、残業を終えて庁舎を出ると、広場はもう人がまばらだった。
点灯時間は過ぎていて、電球のコードは真っ暗なのに、ツリーはなぜかほんのり白く浮かび上がっている。
目をこらすと、ひとつひとつの飾りが、わずかに内側から光を漏らしていた。

私は立ち止まってしまった。
そのとき、赤い雫が、ほとんど私の目の高さまで降りてきていることに気づいたからだ。

すぐそばで、誰かの呼吸のような音がした。
振り向いても、誰もいない。
もう一度オーナメントを覗きこむと、そこに映っているのは、明日の昼の広場だった。

眩しい青空。
脚立の上に立つ私。
両手をいっぱいに伸ばして、何かを枝に掛けようとしている。

その自分の姿を、私は知らない角度から見下ろしている。
落ちる寸前の、自分の後頭部を。

脚立の影が、赤いガラスの中でぐらりと揺れた。
その揺れに合わせて、オーナメントの表面が波のように歪み、私の顔がいくつにも割れて増えた。
そのひとつひとつが、飾りの奥へと沈んでいく。

怖くなって、私はツリーから離れた。
足を引きずるように庁舎へ戻り、翌日の広場の準備当番を、半ばパニックのまま同僚に押しつけた。
「代わりにやるよ」と笑った彼の顔が、赤いガラスに呑まれていく光景が頭を離れなかった。

翌日。
昼休みになっても、広場はいつもより静かだった。
救急車のサイレンを聞いたのは、午後一時過ぎのことだ。

「脚立から落ちたってよ」
戻ってきた警備員が、誰にともなくそう呟いた。
「頭を打ったらしいけど、意識はあるってさ。運が良かったな」

私は窓から広場を見下ろした。
ツリーの周りには、人だかり。
その向こうで、赤い雫が、また少しだけ高い位置で揺れているのが見えた。
まるで、吊るす相手を間違えたとでも言いたげに。

年が明けて、ツリーは撤去された。
飾りは段ボールに戻され、倉庫にしまわれたはずだ。

春になって、倉庫の整理を手伝ったとき、私は例の段ボールを開けてみた。
チェック表どおり百二十個の飾りが並んでいる。
赤い雫だけが見当たらないことに、誰も気づいていないようだった。

箱の底には、鉛筆で書いた自分の走り書きだけが残っていた。
「赤・雫形」
その文字の上に、いつの間にか滲んだような赤い染みが広がっている。
指で触れるとひやりと冷たく、指先に重さが絡みつく感触がした。

秋の終わり、またツリーの搬入日が近づいている。
今年は、私は広場側の担当から外された。
代わりに新人がひとり、チェック表を手にしている。

庁舎の窓から広場を見下ろすと、まだ飾りのない青々としたモミの木が立っている。
枝の先端だけが、妙に重そうに垂れていた。

そこに何が吊られるのか、私はもう知っている。
写真に写っているような、きれいなツリーが完成したとき、それを見上げる誰かの頭上には、きっともう、昼なのに夜を映す赤い雫が揺れているのだろう。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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