年末になると、駅前の郵便局の前にだけ、妙に浮かれた赤が現れる。
写真に写っている、このポストだ。
左の口には「年賀郵便」、右の口には「一般の郵便」。
その上に、ちぐはぐに並んだサンタの飾り。左は白い手と封筒だけ、右は顔の下半分。
通りすがりの人は「かわいいですね」で終わるが、局内では、このサンタにちゃんと名前が付いている。
「口数(くちかず)サンタ」
誰が言い出したのかはもう分からない。ただ、年賀バイトに入った初日に、必ずこの説明を受ける。
「左の口は、来年に届く分。右の口は、届かなかった分が戻ってくるところ」
もちろん、公式にはそんな区別はない。
ただの冗談だと笑っていられたのは、最初の三日間だけだった。
*
私は大学受験に落ちて、浪人中の冬にここでバイトをした。
夜の集配が終わってシャッターを下ろし、ポストの前を通りかかったとき、ふと視線を感じた。
サンタの飾りの「顔」が、こちらを見ていた。
もちろん絵だから動きはしない。けれど、夕方に見たときよりも、わずかに下を向いている気がした。
まるで、自分の真上を覗き込んでいるような角度で。
「気のせいですよ」
そう言ったのは、二年目のアルバイトの先輩だった。
「このポスト、毎年ちょっとだけ傾くんです。中身が増えると」
冗談だと思って笑おうとしたが、先輩は真顔のままだった。
「傾いたぶんだけ、戻ってくる年賀状が増えるんですよ」
*
戻ってくる年賀状——宛先不明、転居先不明、受取拒否。
それ自体は、どこの郵便局にもあることだ。
変なのは、戻りが「早すぎる」年賀状だった。
消印は確かに二十五日、年賀特別扱いの締め切り。
だが、宛先不明で差出人に戻ってきた日付も、同じ二十五日になっている。
発送と返送が、同じ日。
しかも、どれも差出人のポストは、この駅前局だった。
「それ、機械のエラーじゃないんですか」
仕分け室で束ねられた戻り分を見て、私はそう言った。
「機械なら、まだいいんですけどね」
ベテランの職員が、束の一番上の年賀状をひっくり返す。
差出人の欄には、私のよく知る名前があった。
中学の同級生で、去年交通事故で亡くなったはずの男の子の名前だ。
*
「たまにあるんですよ。亡くなったはずの人の名前が、差出人や宛先に残ってることは」
ベテランは淡々と言う。
「ご家族が、古い住所録をそのまま使ったんじゃないかって、だいたい片がつきます」
では、今回もそうなのだろうかと、私は自分に言い聞かせた。
…そうするには、宛先を見ないわけにはいかなかった。
宛先には、私の名前。
そして、今住んでいる予備校近くのアパートの住所が、正確に書かれていた。
その住所を彼に教えた覚えはない。
そもそも、彼が亡くなったのは春で、ここへ越したのは夏だ。
裏返すと、印刷されたイラストの余白に、走り書きで一言あった。
「来年は、別の口に入れてみたら?」
*
その日の深夜、私はシフトが終わったあと、写真と同じ場所に立っていた。
シャッターは閉まり、局内の明かりは落ちている。
街灯と、道路向かいのコンビニだけが、赤いポストを照らしていた。
左の「年賀郵便」の口は、黒い穴を薄く開けたまま、静かに立っている。
その上のサンタの手が持つ封筒には、赤い丸のシールが描かれている。
私はポケットから、自分宛ての年賀状を一枚取り出した。
さっきの束の中から、主任に頼んで返してもらったものだ。
「来年」の日付のついたポストカード。
差出人欄には、亡くなった友人の名前。
私はそれを、左の口の前で止める。
そして、右の「一般の郵便」のほうを見上げた。
顔だけのサンタが、真正面からこちらを見ている。
丸い鼻と、小さな目。
線で描かれただけの口。
…いや、口の線が、かすかに震えていた。
誰もいない夜の道路で、信号の変わる音だけがカチ、カチと鳴る。
そのたびに、サンタの口の線が、赤いポストの上で少しずつ開いていくように見えた。
私は、右の口に年賀状を滑り込ませた。
それだけのことだ。
ほんの一瞬、投入口から、冷たい指先が私の指に触れた気がした。
真っ白で、毛糸の手袋なんかではなく、紙のように薄い指先。
思わず手を引くと、年賀状は吸い込まれていった。
上を見ると、サンタの描かれた顔は、元の無表情に戻っていた。
*
翌年の一月二日、私のアパートに一通の年賀状が届いた。
差出人は私自身。
見覚えのない筆跡で、宛名を書いたのはどう見ても「誰か」だが、差出人欄には、確かに私の名前が刷られている。
印刷された挨拶文は、ごく普通だ。
ただ、余白の走り書きだけが、目に焼き付いた。
「別の口に入れてくれてありがとう。
これで、時間の片方が埋まった。
来年は、もう一人分の年賀が要るから、同じ場所で待ってるね」
裏面には、あの赤いポストの写真が印刷されていた。
サンタの顔が、わずかに三つ分に増えている。
実際のポストには、顔が一つしか載っていないことを、私は知っている。
写真の中で増えた二つのサンタの口が、どちらも「空いている」ことも。
それ以来、年末にあのポストの前を通るたび、私は数えてしまう。
サンタの口が、今年は何人分、開いているのか。
そして、その数だけ「戻ってこないはずの年賀状」が、どこへ届いているのかを。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
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