二つ口のサンタポスト

写真怪談

年末になると、駅前の郵便局の前にだけ、妙に浮かれた赤が現れる。
写真に写っている、このポストだ。

左の口には「年賀郵便」、右の口には「一般の郵便」。
その上に、ちぐはぐに並んだサンタの飾り。左は白い手と封筒だけ、右は顔の下半分。
通りすがりの人は「かわいいですね」で終わるが、局内では、このサンタにちゃんと名前が付いている。

「口数(くちかず)サンタ」

誰が言い出したのかはもう分からない。ただ、年賀バイトに入った初日に、必ずこの説明を受ける。

「左の口は、来年に届く分。右の口は、届かなかった分が戻ってくるところ」

もちろん、公式にはそんな区別はない。
ただの冗談だと笑っていられたのは、最初の三日間だけだった。

私は大学受験に落ちて、浪人中の冬にここでバイトをした。
夜の集配が終わってシャッターを下ろし、ポストの前を通りかかったとき、ふと視線を感じた。

サンタの飾りの「顔」が、こちらを見ていた。
もちろん絵だから動きはしない。けれど、夕方に見たときよりも、わずかに下を向いている気がした。
まるで、自分の真上を覗き込んでいるような角度で。

「気のせいですよ」
そう言ったのは、二年目のアルバイトの先輩だった。

「このポスト、毎年ちょっとだけ傾くんです。中身が増えると」

冗談だと思って笑おうとしたが、先輩は真顔のままだった。

「傾いたぶんだけ、戻ってくる年賀状が増えるんですよ」

戻ってくる年賀状——宛先不明、転居先不明、受取拒否。
それ自体は、どこの郵便局にもあることだ。

変なのは、戻りが「早すぎる」年賀状だった。

消印は確かに二十五日、年賀特別扱いの締め切り。
だが、宛先不明で差出人に戻ってきた日付も、同じ二十五日になっている。

発送と返送が、同じ日。
しかも、どれも差出人のポストは、この駅前局だった。

「それ、機械のエラーじゃないんですか」
仕分け室で束ねられた戻り分を見て、私はそう言った。

「機械なら、まだいいんですけどね」
ベテランの職員が、束の一番上の年賀状をひっくり返す。

差出人の欄には、私のよく知る名前があった。

中学の同級生で、去年交通事故で亡くなったはずの男の子の名前だ。

「たまにあるんですよ。亡くなったはずの人の名前が、差出人や宛先に残ってることは」
ベテランは淡々と言う。

「ご家族が、古い住所録をそのまま使ったんじゃないかって、だいたい片がつきます」

では、今回もそうなのだろうかと、私は自分に言い聞かせた。
…そうするには、宛先を見ないわけにはいかなかった。

宛先には、私の名前。
そして、今住んでいる予備校近くのアパートの住所が、正確に書かれていた。

その住所を彼に教えた覚えはない。
そもそも、彼が亡くなったのは春で、ここへ越したのは夏だ。

裏返すと、印刷されたイラストの余白に、走り書きで一言あった。

「来年は、別の口に入れてみたら?」

その日の深夜、私はシフトが終わったあと、写真と同じ場所に立っていた。
シャッターは閉まり、局内の明かりは落ちている。
街灯と、道路向かいのコンビニだけが、赤いポストを照らしていた。

左の「年賀郵便」の口は、黒い穴を薄く開けたまま、静かに立っている。
その上のサンタの手が持つ封筒には、赤い丸のシールが描かれている。

私はポケットから、自分宛ての年賀状を一枚取り出した。
さっきの束の中から、主任に頼んで返してもらったものだ。

「来年」の日付のついたポストカード。
差出人欄には、亡くなった友人の名前。

私はそれを、左の口の前で止める。
そして、右の「一般の郵便」のほうを見上げた。

顔だけのサンタが、真正面からこちらを見ている。
丸い鼻と、小さな目。
線で描かれただけの口。

…いや、口の線が、かすかに震えていた。

誰もいない夜の道路で、信号の変わる音だけがカチ、カチと鳴る。
そのたびに、サンタの口の線が、赤いポストの上で少しずつ開いていくように見えた。

私は、右の口に年賀状を滑り込ませた。
それだけのことだ。

ほんの一瞬、投入口から、冷たい指先が私の指に触れた気がした。
真っ白で、毛糸の手袋なんかではなく、紙のように薄い指先。
思わず手を引くと、年賀状は吸い込まれていった。

上を見ると、サンタの描かれた顔は、元の無表情に戻っていた。

翌年の一月二日、私のアパートに一通の年賀状が届いた。
差出人は私自身。
見覚えのない筆跡で、宛名を書いたのはどう見ても「誰か」だが、差出人欄には、確かに私の名前が刷られている。

印刷された挨拶文は、ごく普通だ。
ただ、余白の走り書きだけが、目に焼き付いた。

「別の口に入れてくれてありがとう。
 これで、時間の片方が埋まった。
 来年は、もう一人分の年賀が要るから、同じ場所で待ってるね」

裏面には、あの赤いポストの写真が印刷されていた。
サンタの顔が、わずかに三つ分に増えている。

実際のポストには、顔が一つしか載っていないことを、私は知っている。
写真の中で増えた二つのサンタの口が、どちらも「空いている」ことも。

それ以来、年末にあのポストの前を通るたび、私は数えてしまう。

サンタの口が、今年は何人分、開いているのか。
そして、その数だけ「戻ってこないはずの年賀状」が、どこへ届いているのかを。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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