ある年の冬、とある銀行グループが「年末年始もATMが休まず利用できる」と発表したニュースがありました。
その告知によれば、12月31日から1月6日までのあいだも、全国約1万4千か所に設置された約1万8千台の現金自動預払機が動き続け、預け入れや引き出しができるとされています……
ただし、完全に止まらないわけではないようです。
システムの切り替えや点検のため、「元日の午前3時15分から3時25分まで」「三が日明けの早朝に数分間」など、ごく短いサービス休止時間があらかじめ決められているといいます。
この話は、その休止時間を監視していた、あるシステム担当部署の記録として伝わっているそうです。
年末年始のあいだ、地方都市のビルの一室では、ATMネットワークを監視するためだけの小さなセンターが夜通し灯りをともしていたといいます。
壁一面のモニターには、全国の機械から送られてくる稼働状況が、絶え間なく数字とログの列として流れていました。
センターの担当者たちは、毎年同じ「段取り」をこなしていたそうです。
年末最後の営業日が終わると同時に、システムを休日用の設定に切り替え、元日深夜のメンテナンス時間だけは、すべてのATMがいっせいに沈黙することを確認する……
その十数分だけは、画面上の「稼働中」を示す緑のランプが、全国同時に消えるはずでした。
異変に最初に気づいたのは、三年前の年越しだったとされています。
元日の午前3時15分。
予定どおり、全国の機械が次々と休止に入り、画面のランプが灰色に変わっていきました。
担当者はチェックリストの項目をなぞりながら、モニターを眺めていたそうです。
ところが、3時18分。
「休止中」で埋め尽くされた一覧の中に、一つだけ緑色のランプが点いたままの機械が残っていました。
支店コードも設置場所も、見覚えのない番号だったといいます。
画面には、地方のある小さな郵便拠点を意味するような文字列が表示されていましたが、その支店は一年前に統廃合され、窓口業務もATMもすでに撤去されているはずだと、古い担当者が思い出したそうです。
3時19分、その機械から、現金引き出しのログが一件、記録されました。
暗証番号の認証、カードの有効性、残高照会、引き出し……
それらはすべて、通常営業時と同じ速度で処理されたとされています。
しかし、同じ時間帯、ネットワーク側の記録では、その地域一帯の回線が「メンテナンスのため切断」となっていました。
外からの通信が届くはずのない閉じた空間にだけ、その機械の動作ログだけが積み上がっていったそうです。
3時20分、再び引き出し。
3時21分、通帳記入。
3時22分、「残高確認」。
その一連の操作に使用されていた口座番号を調べると、それは十年以上前に亡くなった人の名義で、相続手続きも完了し、凍結されているはずの口座だったといいます。
元日の3時25分を過ぎると、予告どおりシステムは通常の休日モードに戻りました。
謎の機械のランプも灰色に変わり、それ以上のログは残らなかったそうです。
翌日、その統廃合された拠点の建物を確認しに行った現地担当者がいました。
かつてATMが並んでいたロビーは壁でふさがれ、内装も変わり、臨時の倉庫として使われていたといいます。
電源ケーブルも通信回線も完全に撤去されており、機械を設置できるようなスペースは残っていませんでした。
それでも監視センターのログには、確かに「元日の3時19分から3時22分まで」のあいだに、そこに存在しないはずの機械からのアクセスが残っていたそうです。
二年目も、まったく同じ時間帯に、その「存在しない機械」は現れました。
ただし、その時のログには、ひとつだけ違う点があったといいます。
3時19分の引き出し処理の直後、「残高不足」というエラーが記録されました。
引き出し額は前年と同じ。しかし、相続後にすべての残高が移動され、口座には何も残っていなかったはずだと、記録には書かれていました。
それでも、その直後に「取引完了」という行が、なぜか付け足されていたそうです。
現金が出たのかどうか、どのように処理されたのか、その部分だけはシステムログが欠けていて、確認できなかったとされています。
三年目、つまりニュースで「年末年始も安心してATMが使える」と宣伝された年のことです。
監視センターの担当者たちは、前の年までの異常を「古いシステムから残ったテスト用データだろう」と説明され、深く追及しないよう指示されていたといいます。
それでも、念のためにその年は、元日の3時台だけ、その拠点の監視カメラ映像も同時に確認することになりました。
存在しないATMが、存在しないはずのロビーで動くなら、なにかしら映るはずだと考えられたからです。
ロビーは倉庫として使われたままで、薄暗い蛍光灯が一基だけ点灯していました。
壁際にはダンボールが積まれ、古いパンフレットや使われなくなった備品が乱雑に置かれていたそうです。
3時18分、例の機械のランプが、監視画面上で緑に変わりました。
同時に、ロビーの映像に変化がありました。
積まれたダンボールの列の、ちょうど人の肩の高さあたりに、矩形の「暗い影」が浮かんだそうです。
そこだけ、蛍光灯の光が届かず、古いATMの画面のような縦横比で、ぽっかりと四角い穴のような暗がりが生まれていました。
3時19分、ログ上ではカードが挿入され、暗証番号が入力される手順が進んでいきました。
映像の中では、誰もいないロビーの中央の床に、かすかな揺らぎだけが映っていたといいます。
まるで、そこに立っている誰かの影だけが、床にだけ残されているような揺らぎだったそうです。
3時20分、「残高不足」。
ロビーの影は、一瞬だけ濃くなり、四角い暗がりの縁が、古い機械のように微かに明滅したと記録されています。
そして3時21分、監視カメラの映像ログのほうが先に途切れました。
時間軸でいうと、まだ3時21分台の途中だったにもかかわらず、その拠点の映像ファイルだけが、そこから先を記録していなかったそうです。
それにもかかわらず、ネットワーク側のログには、その後の「取引完了」までの手順が、きちんと残っていました。
誰も映っていないロビーで、「存在しないATM」に挿入されたはずのカードが、最後まで処理されていたことになっていたそうです。
メンテナンス時間が終わり、すべての機械が通常モードに戻ると、その謎の支店コードは一覧から消えました。
あらためて検索しても、どの文書にも、そのコードで登録された現場は存在しませんでした。
数日後、その倉庫として使われていた拠点あてに、一通の封書が届いたといいます。
中には、十年以上前に廃止された形式の預金通帳と、滲んだボールペンで書かれた短い一文だけが入っていました。
「ことしも、ちゃんと出してくれてありがとう」
消印の日付は、十年前の元日だったそうです。
年末になると、銀行のホームページには毎年同じような告知が掲載されます。
「年末年始も、休日用ATMサービスをご利用いただけます」
そして、小さな注意書きとして、「元日深夜の3時15分から3時25分まで、一部サービスを休止します」と添えられているそうです。
その「一部」に何が含まれているのか、どの機械がその時間に本当に止まっているのか。
それを確かめようと、元日の真夜中に閉鎖された拠点の前で待つ人はいないようです……
少なくとも、そのことをはっきり語った記録は、どこにも残っていないそうです。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
年末年始における各種サービスの取り扱いについて ~ ATMは年末年始もご利用いただけます ~
年末年始における各種サービスの取り扱いについて ~ ATMは年末年始もご利用いただけます ~-ゆうちょ銀行ゆうちょ銀行からのプレスリリースです。

