山門の真ん中を歩くな

写真怪談

実家に帰るついでに、久しぶりに祖母の村へ寄った。
山裾の小さな集落で、秋になると一面が金色になる。とくに寺の大銀杏は有名で、山門の上まで枝を伸ばし、瓦屋根を覆い隠すほどの葉をつける。

その日も、空から光がこぼれるみたいに、黄色い葉が降っていた。
山門の前に立つと、頭上いっぱいに銀杏の枝が張り出していて、そのすき間から白い空が覗いている。屋根の丸瓦のあいだには、落ち葉が分厚く溜まっていた。まるで誰かが寝られるほどに、ふかふかの布団みたいだ、とぼんやり考えた。

門をくぐろうと足を踏み出した瞬間、背中のほうから声が飛んだ。

「……あんた、真ん中は通らんほうがええよ」

振り返ると、買い物袋を提げたおばさんが、気まずそうに笑っていた。
地元訛りがどこか懐かしい。よく見ると、昔お世話になった隣のおばちゃんだった。

「まだ覚えとらんのねえ。銀杏が黄色いあいだは、門の真ん中はダメって」

そんな決まり、聞いたことがなかった。首を傾げると、おばちゃんは私の肩を軽く押して、門の端を指さした。

「端っこなら平気。真ん中は……上から見とる人がいるけん」

冗談でしょう、と笑い返そうとしたが、その言葉だけ妙に重くて、喉に引っかかった。
言われるままに端をすり抜け、寺にお参りし終えると、私はそのまま祖母の家へ向かった。

夕飯のあと、ふと思い出して祖母に尋ねる。
「ねえ、お寺の門って、真ん中通っちゃいけないの?」

テレビを見ていた祖母の顔から、すっと血の気が引いた。
「通ったんか」
「端っこは通ったけど……真ん中はギリギリやめといた」

祖母は胸を撫で下ろすと、少し間を置いてから話し始めた。

むかし、この村にひとりの若い女がいた。
戦争中、村に逃げ込んできた負傷兵をかくまった罪で、村ごと軍の監視を受けることになった。その兵隊はすぐに息を引き取ったが、女は「敵を匿った裏切り者」として連行され、最後には寺の門前で首を吊られたという。

「ほんとはな、首を吊った場所は門の中じゃなかったんよ」
祖母は座卓の湯飲みに目を落として言った。
「人目につかんように、大銀杏の枝から縄を垂らして、門の屋根の上へ落としたんじゃ。上には落ち葉がようけ溜まっとったけん、音もせん。軍の人らが引き上げたあとで、村のもんで片付けよう思うたら……もう身体が、落ち葉に沈んでしもうててな」

屋根の上に横たえられた遺体は、集めても集めても崩れてくる黄色い葉に覆われ、どこまでが人でどこからが葉なのか分からなくなっていたらしい。
村人たちは怖くなって、屋根を壊すこともできず、結局そのまま、落ち葉ごと封じるように放っておいた。

「それから毎年、銀杏が色づく頃になると、門の真ん中を歩いた人の上に、なにかが乗っかるんよ」
「……なにかって?」
「そりゃあ、あの娘の幽霊よ。重くて、苦しいんと。みんな、肩がぎゅうっと押しつぶされるみたいになって、しばらく寝込むんじゃ。中には胸押さえたまま、そのまま死んだ人もおる」

祖母の声は淡々としていたが、その指先はかすかに震えていた。
半信半疑のまま、その夜は布団に入った。

眠りに落ちかけた頃、天井の向こうから「ざ……ざ……」と乾いた音がした。
葉っぱを引きずるような、軽い摩擦の音が、家の屋根を這っていく。風は吹いていない。雨戸の隙間から覗く外の枝も、ぴたりと止まっている。

音はしだいに、私の真上で止まった。
急に、胸の上に重みが落ちてくる。

息が詰まり、声が出ない。
見えない重しが、胸郭をゆっくりきしませる。
その重さは、驚くほど冷たく、しかし湿っていた。銀杏の葉が雨に濡れたあと、そのまま固まったような、嫌な冷たさだった。

目を開けたまま、私は夜が明けるのを待つしかなかった。

翌朝になるころには重みは消えていたが、胸の上には黄色い葉が一枚、張り付いていた。
部屋の中に銀杏の木はない。なのに、枯れかけたその葉の中心には、茶色くにじんだ指の跡のようなものがあった。指が五本、はっきりと押しつけられたかたちで。

逃げるように村を出た帰り道、バス停までの道は寺の前を通るしかなかった。
山門の前に立つと、昨日よりもたくさんの落ち葉が、屋根の上に積もっている。
端から行こうと足を向けたが、なぜか門の真ん中に視線を吸い寄せられた。

ふと、風もないのに葉がざわめき、盛り上がっていく。
黄色い布団の下から、何かがゆっくりと起き上がるように。

瓦と瓦のあいだから、白いものがにゅっと突き出た。
人の手だった。土に長く埋まっていたような、色を失った指。爪の先には、黒く変色した銀杏の実が潰れて貼りついている。

続いて、葉の間から顔がのぞいた。
頬に葉の跡を押しつけたまま、半ばつぶれた女の顔。
目は閉じているのに、まぶたの下で黒いものがぐるりと動く。

その顔が、まっすぐ私のほうを向いた。
口が、きしむように開く。
声は聞こえないのに、何を言っているのか分かった。

――代わりに、そこに寝て。

私は我に返り、門の前から全力で走り去った。
背後で、「どさり」と何か重いものが落ちる音がしたが、振り向かなかった。

数日後、家に戻ってから、何気なくネットで「あの寺の銀杏」と検索した。
観光サイトの写真には、見覚えのある山門が写っていた。黄色い葉が屋根いっぱいに積もり、その上に枝が垂れている。

写真を拡大していくと、瓦のあいだから、白いものが少しだけ突き出ているのが見えた。
指先のようにも見えるし、ただの葉のかたまりにも見える。
けれどその周囲の落ち葉は、まるで人ひとり分の形を描くように、ふっくらと盛り上がっていた。

あの村では今も、銀杏が黄色くなったら、誰も山門の真ん中を通らない。
屋根の上の落ち葉は、ほうきで払ってはいけない決まりになっている。
――布団を乱すと、下にいる人が起きてしまうからだ。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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