とある地方の鉄道会社が、労働人口の減少に備えるため、主要路線に自動運転を本格導入すると発表したそうです。
これまで支線で試験的に走っていた仕組みを、十二月から幹線にも広げていく……そんな内容の記事だったといいます。
自動運転の中枢となる装置は、線路脇の設備を極力減らし、列車側の装置に細かな位置情報や制御データを抱え込む方式だそうです。
ダイヤ、信号、制限速度、駅の位置……それらをすべて「車上データベース」に入れてしまえば、地上は最小限で済む、と。
そのデータベースを作るため、会社は一年以上かけて試験線での走行記録を蓄積し、徐々に走れる区間を広げていったそうです。
ある夜、その拡大区間の最終チェックとして、「始発から終電まで丸一日分」を模したシミュレーション運転が行われたといいます。
線路は閉鎖され、実際に列車が一本だけ走らせられました。
運転席には緊急時対応のために一人だけ乗務員が座り、あとは装置にまかせて、夜の路線を何往復もさせる段取りだったそうです。
異変に気づいたのは、三往復目の終わり頃だったといいます。
指令所でモニターを見ていた職員が、列車の速度が妙な場所で落ちていることに気づいたそうです。
駅でも踏切でもない、カーブも勾配もない、何の目印もない直線区間で、毎回、同じように減速している。
それも、数センチ単位で位置が揃っていたといいます。
「念のため」と、その地点のライブカメラ映像を切り替えた職員は、しばらく黙り込んでしまったそうです。
暗い築堤の上、何もないはずの線路端に、白いものが横一列に並んで見えたといいます。
よく見ると、それはホームの縁によくある、白い点字ブロックの列のように見えたそうです。
ただ、その路線に、その位置に、ホームは存在しないはずでした。
カメラを切り替え直した時には、そこには砕石と草むらだけが映っていたそうです。
先ほど見えた白い帯も、人影も、何も残ってはいなかったといいます。
指令所の記録では、列車はその地点を通るたびに、必ずわずかに減速していました。
速度が落ちると同時に車上装置の画面には、一瞬だけ「駅扱い中」という表示が点滅し、すぐ消えるのだそうです。
しかし、駅コードの欄には何も表示されず、履歴にも残らなかったといいます。
念のために呼び出された技術担当者が、車上データベースの内容を調べたところ、奇妙なことが分かったそうです。
データの深い階層に、公式の設計図には載っていない「駅」が一つだけ登録されていたといいます。
名称は空白で、駅コードは「0000」。
位置情報だけが、今まさに減速が起きている地点とぴたり重なっていたそうです。
その「無名駅」は、いつ登録されたのか分からない状態だったといいます。
作業ログを遡っても、誰が追加したかを示す記録はなく、初期試験用のテンプレートを読み込んだ最初の日から、ずっとそこにあったことになっていたそうです。
乗務員に確認すると、減速が起きるたび、車内の案内表示が一瞬だけ暗転し、聞き慣れない自動アナウンスが流れることがあると話したそうです。
「つぎは……」という声のあとに続く駅名が、乗務員にはどうしても聞き取れなかったといいます。
音は確かに聞こえるのに、意味として頭に残らない。
ただ、一度だけ、そのあとに「お降りの方は……」という文節だけが、はっきり聞こえたそうです。
録音を確認しようとしても、その時間帯だけ音声ファイルが欠損していました。
波形だけが真っ白になり、長さだけが二秒ほど余分に伸びていたといいます。
会社は慌ててシステムベンダーに連絡し、車上データベースから「無名駅」を削除する作業を行ったそうです。
その夜のうちにデータを更新し、再起動したところ、確かに駅コード「0000」は一覧から消えていたといいます。
ところが翌朝、再度確認すると、その駅は何事もなかったように元通り登録されていたそうです。
説明のつかないのは、登録日時の欄だけが「次のダイヤ改正日」になっていたことで、まだ来ていない日付が表示されていたといいます。
その日以降も、試験走行を続けるたび、列車は同じ地点でわずかに減速し続けました。
減速時間は、決まって二八秒ほどだったそうです。
その間、車内カメラには変化がないのに、床下に掛かる重量だけが、何十人かが一斉に立ち上がったように増えていたといいます。
車窓を見ていた担当者は、ガラスに映る景色にだけ、駅のホームのようなものがかすかに揺れているのに気づいたそうです。
線路脇の防音壁は低いままなのに、窓の反射の中にだけ、屋根と柱と、人影のようなものが並んでいたといいます。
正式な運行開始を遅らせることも検討されたそうですが、外への説明のしようがなく、結局、会社は次のように判断したといいます。
「無名駅は運行に支障をきたさないレベルの異常値であり、将来的なアップデートで解消を図る」
そうして十二月一日、路線は予定通り、自動運転での営業運転を始めたそうです。
通勤客の間では、まもなくして「いつも少しだけ遅れる地点」が噂になったといいます。
朝のラッシュの時間帯でも、なぜか必ず二十数秒だけ速度が落ちる場所がある。
そこを通る間、窓の外をぼんやり見ていると、見覚えのない駅のホームを見たような気がして、振り向いた瞬間にはもう何も残っていない……そんな話が、少しずつ広がっていったそうです。
運行ログによれば、その地点を通過するたび、車上データベースは「駅扱い開始」「駅扱い終了」という記録を内部だけで出し続けているといいます。
ただ、その駅名の欄は最後まで空白のままで、出力用の帳票には一度も印字されなかったそうです。
最近になって、その鉄道会社の関係者は、耳慣れない報告をひとつ付け加えるようになったといいます。
夜中に行うシステム更新のたび、車上データベースの一覧から「駅コード0000」を削除する作業は、今も欠かさず続けられているそうです。
削除して上書き保存をしても、翌日の始発前に確認すると、必ず元の位置に戻っている。
そのたびに登録日時だけが、次のダイヤ改正日へ、少しずつ先送りされているのだそうです。
いつか本当に、その日付が来たとき、そこが正式な駅としてダイヤに載るのかどうかは、誰も確かめていないといいます。
その時、車内アナウンスが何という名前を告げるのかも……記録は、まだそこまで続いていないそうです。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
JR九州,鹿児島本線と日豊本線にGOA2.5自動運転を導入へ
JR九州,鹿児島本線と日豊本線にGOA2.5自動運転を導入へ|鉄道ニュース|2025年11月28日掲載|鉄道ファン・railf.jp写真:JR九州813系1100番代 編集部撮影 南福岡電車区にて 2007-3-5(取材協力:JR九州) JR九州は,持続可能な交通


