自粛通知の来ない便

ウラシリ怪談

ある地方空港の国際線カウンターは、ここ数年で隣国からの団体客であふれていたそうです。
紅葉の季節には同じ旗を持つツアーがいくつも並び、夜遅くまでスーツケースの音が続いていたといいます。

十一月十六日の夜、その空港の職員用端末に「旅行自粛」を求める一斉通知が届きました。
隣国の当局からの通達に従い、団体ツアーは次々とキャンセルされ、予約管理室では深夜まで処理が行われたそうです。

一覧の最後に、見慣れない団体コードがひとつだけ残っていました。
英数字の羅列で、ツアー名もコース名もなく、備考欄は空白のままだったといいます。

「これで全部キャンセルですね」
そう言って担当者が人数を「0」に書き換えようとすると、画面の端に小さなメッセージが出たそうです。

「エラー:自粛対象外」

何度やり直しても、その団体だけ「発券済」に戻ってしまいました。
ログを確認すると、キャンセルの数秒後に「変更元:外部接続 接続元IP:0.0.0.0」と記録されていたそうです。

上司は「表示のバグだろう」と言い、その団体コードには触れないよう指示しました。

数日後、自粛通知がニュースになり、国際会議で首脳会談は行われないと報じられていた頃、問題の便の出発予定日が来ました。
隣国の空港からはすでに欠航の連絡が入っていましたが、地方空港の掲示板にはその便名だけが残り、「定刻」と表示されていたといいます。

他の国際線はすべて「欠航」なのに、その便だけ白く浮かび上がるように点灯していたそうです。

搭乗開始時刻になると、館内に自動アナウンスが流れました。
「○○行き、○○便をご利用のお客様にご案内いたします」

放送室に確認すると、当直者は「今は何も流していない」と答えました。録音機のメーターも無音のままだったといいます。

出発口の前には誰も並んでいませんでした。
ただ、ガラスに映るロビーの反射の中にだけ、スーツケースを引く人影の列が伸び、存在しないはずの「0番ゲート」の方向へ折れ曲がっていた、と証言する職員がいたそうです。

その空港に「0番ゲート」はなく、図面にも載っていませんでした。

やがてアナウンスは、聞き取れない異国語のざわめきに変わりました。
職員が音響システムを止めると、今度は誰も触っていないチェックイン端末が一斉に起動し、問題の団体コードと乗客名がびっしり表示されたといいます。

印刷しようとした瞬間、画面は真っ白になり、プリンターからも白紙が一枚だけ吐き出されました。
紙の端にはインク汚れのような文字がかすかに見えたそうです。

「……到着済」

その夜の監視カメラ映像は翌朝には再生できなくなっており、代わりに一枚だけ静止画が残っていました。
誰も使っていない通路の先のボーディングブリッジと、その奥の暗がりで窓に顔を寄せる人影。
顔だけ輪郭がぼやけ、服装と荷物は一般的な観光客そのものに見えたといいます。
床には、水滴を残した靴跡が帰り道もなく並んでいたそうです。

同じ頃、隣国のある旅行会社でも、ひとつの団体予約だけが自粛後も消えないという話が出ていました。
日付を消しても翌日には別の日付で復活し、人数を「0」にしても「参加者50名」に戻る。
備考欄にはいつの間にか、同じ文言が現れたといいます。

「自粛対象外 通知済」

深夜には誰もいない事務所の固定電話が一度だけ鳴り、受話器の向こうから遠くの空港のようなざわめきが聞こえたあと、すぐ切れてしまうことが続いたそうです。
着信履歴には国際電話と表示されましたが、その番号の桁数はどこの国とも一致しなかったといいます。

自粛通知から一週間ほど経つと、日本行きカウンターの列は目に見えて短くなりました。
それでも地方空港の予約システムの片隅には、あの団体コードだけが「予約中」のまま残り、出発日と時刻が自動更新され続けたそうです。

ある担当者が削除しようとしたときだけ、確認画面に見慣れない選択肢が出たといいます。

「受信する通知を選択してください」
「渡航自粛」
「到着報告」

怖くなって画面を閉じると、その項目は二度と現れませんでした。

しばらく後、出発ロビーの掲示板に誰も知らない便名が一瞬だけ表示された、という証言が残っています。
隣国の大都市発・この空港行きの直行便で、時刻は「自粛通達が出る前の夜」に設定されていたそうです。

すぐに表示は消えましたが、その瞬間を見た職員は「さっきまで空席だらけだったのに、その便だけ満席になっていた」と話したといいます。
記録上、その便が満席だった履歴はどこにも見つかりませんでした。

それでも今もなお、あの「自粛通知の来なかった団体」は、どこか別の時刻と経路で空港を行き来しているのではないか、と噂されているそうです。
自粛や警告の通知が画面に並ぶたび、「本当は届くはずだった誰か」の分が紛れ込んでいないか確かめる職員がいる、といわれています……そんな話が伝わっているそうです。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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