二十四個目のボタン

ウラシリ怪談

11月22日は、「いい夫婦の日」や「ペットたちに感謝する日」など、いくつかの記念日として知られているそうです。
その中で、服飾の業界では同じ日を「ボタンの日」と呼び、静かに大事にしているところがあるといいます。

明治のはじめ頃、ある国の海の軍服に、金色のボタンをびっしりと付ける決まりができた日があったそうです。
前身頃には二列に並んだ十八個、背中側には二列の六個、合わせて二十四個。
桜のような花と錨のような図案が刻まれたそのボタンを、国産で揃えたことを記念して、のちに「ボタンの日」が定められたとされています。

とある服飾資材の会社では、その由来を紹介するために、自社のウェブマガジンで「11月22日はなんの日でしょう?」という記事を毎年再掲しているそうです。
勤労感謝の日、いい夫婦の日、いくつかの選択肢のあとに、正解として「ボタンの日」が示され、
当時の軍服の写真とともに、「前に二列で十八個、後ろに二列で六個」と、ボタンの数まで丁寧に説明されているといいます。

その会社の倉庫フロアの一角には、記事に載っているものとよく似た古い軍服のレプリカがガラスケースに入れられ、毎年11月22日になると、新人研修の一環としてそこで小さな説明会が開かれるそうです。
ガラス越しに見ると、胸から裾にかけて金色のボタンが整然と光り、背中側にも同じ模様のボタンが並んでいるのが分かるといいます。

社内では、このレプリカにまつわる、少し妙な注意事項が共有されているそうです。

「ボタンの日に、その軍服のボタンを声に出して数えてはいけない」

入社時のガイダンス資料には、端の方に小さくそう書かれているだけで、理由は説明されないそうです。
けれど、倉庫担当の社員たちは毎年新人が来るころになると、必ずその話題を出して、
「いいから数えない方がいいですよ」と、曖昧に釘を刺すといいます。

数年前、この注意への反発のように、そのルールを無視してしまった新人が一人いたそうです。

その社員は、ウェブマガジンの記事を真面目に読み、
「前に十八個、後ろに六個、本当にあるのか確認したい」と考えたとされています。
11月22日の午後、説明会が終わって人が引けた倉庫で、
ガラスケースの前に立ち、ひとりでボタンの数を数え始めたそうです。

一番上から、指でなぞるように視線を落としていき、
「いち、に、さん……」と、心の中で数を重ねていきます。
前身頃のボタンは、誰が見ても九個ずつ二列になっているように“見える”のに、
数え終えると、どうしても十七で止まってしまったといいます。

数え直しても、やはり十七。
少し身をかがめて角度を変え、照明の反射を避けて見てみても、十七。
「そんなはずはない」と思って、胸のあたりの一列を目だけで追っていくと、
真ん中あたりのボタンの輪郭が、薄い輪郭線だけを残して、金属の質感を失っているように見えたそうです。

ガラスケースの前でボタンを数えていたとき、
倉庫の奥で「コトン」と金属が落ちるような音が一度だけはっきり鳴り、近くにいた社員が思わず同時に顔を上げたといいます。
棚の下まで確認しましたが、床にはネジも金具も、当然ボタンも何ひとつ落ちていなかったそうです。

背中側もどうなっているのか確かめようと、ケースの脇に回り込んだ時、
倉庫の照明が一瞬だけ暗くなり、
その暗転のあいだ、ガラスの向こうに吊るされていたはずの軍服が、
わずかに“膨らんだ”ように見えた人がいたと語られています。

同じフロアで在庫整理をしていた別の社員が、
暗くなった直後にふとケースの方を振り向くと、
ガラスの内側に、ボタンの列と同じ位置に、
淡く白い指先のようなものが、いくつも貼り付くように並んでいたそうです。
それは照明が戻る前にすぐ引っ込み、
再び明るくなったときには、そこには何もなかったといいます。

その日のうちに、その新人社員は体調不良を訴えて早退したと記録されています。
以降、会社に姿を見せることはなく、
連絡先も「初めから登録されていなかった」ことになっているといいます。

総務が管理している入社時の集合写真には、
もともとその新人が写っていたはずだと話す人が、何人かいるそうです。
しかし現在残っている写真には、もともと十九人しか写っておらず、
誰が見ても不自然のない並びで、空いたスペースはどこにもないといいます。

ただ一つだけ、写真の端に写り込んでいるガラスケースの軍服だけは、
肉眼で見るよりも、明らかにボタンの数が多く見えるそうです。
前身頃には細かな光が縦にびっしりと並び、
背中側には、本来六個のはずの列が、
まるで人の背骨のような細かさで増えているように見えるといいます。

社内の共有サーバーに保存されている、ウェブマガジンの記事の編集履歴には、
11月22日だけ、妙な履歴が残ることがあるそうです。
その日付の編集ログには、「ボタン数:24→23→24」という修正の痕跡と一緒に、
担当者の名前の欄が空白になっている履歴が挟まっていることがあるといいます。

誰がその修正を行ったのかを追跡しようとしても、
社内のアカウント一覧には該当するIDがなく、
監視カメラの映像にも、深夜の編集室には誰も入っていない記録しか残っていないそうです。

社員たちのあいだでは、
「十一月二十二日にボタンを数えると、二十四個目は人の数から補われる」と囁かれているそうです。
ガラスケースの前に立っている人が二十四人に足りないとき、
足りない分だけ、写真や名簿やログの中から、どこかの誰かが抜け落ちて、
代わりにボタンだけが増えていくのではないか、といわれています。

今もその会社では、11月22日の研修でガラスケースの前に立つとき、
誰もボタンを声に出して数えようとはしないそうです。
数えた人がいたかどうかも、
最初から二十四人目などいなかったのかどうかも、
もう確かめようがないままになっているそうです……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

11月22日はなんの日でしょう? – SHIMADA Web Magazine

11月22日はなんの日でしょう? - SHIMADA Web Magazine
正解は…11月22日は「ボタンの日」です!由来は、明治3年(1870年)にヨーロッパスタイルのネイビールックが日本海軍の制服に採用され、 前面に2行各9個、後面に2行各3個の金地桜花のボタンをつけることが決められたことによります。

 

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