違和感九十五パーセントの廊下

ウラシリ怪談

そのオフィスビルに、新しい防犯カメラシステムが入ったのは、秋雨前線が下りてきた頃のことだったそうです。
人の骨格を棒人間のように抽出し、転倒や暴力行為、同じ場所を行き来する不審な動きを「違和感」として数値化し、一定以上になると警備室に警告音を鳴らす仕組みだったといいます…。

導入当初、日中の映像には、社員や来客の姿が棒線で縁取られ、違和感の度合いがパーセンテージで表示されていました。
誰かがつまずきかけると「転倒リスク65%」、口論になりかけると「暴力予兆72%」という表示が出て、警備員たちはそれを半ば面白がりながら監視していたそうです。

異変が最初に現れたのは、深夜二時過ぎ、ほとんど全てのフロアが消灯した時間帯でした。
警備室のモニターの一つで、誰もいないはずの十階の廊下に、突然赤い枠と数値が浮かび上がったのです。

「違和感95%」

しかし映像には、人の姿がどこにも見当たりませんでした。
カメラが捉えているのは、白い壁と消灯されたドア、非常口マークの緑色だけで、動くものは一つもないのです。

念のため録画を巻き戻して確認すると、数秒前から棒人間のような骨格だけが、廊下の中央に横たわっている表示になっていたといいます。
床には何も写っていないのに、骨格表示だけが、膝から崩れ落ちるような姿勢のまま、ゆっくりと倒れていく動きを繰り返していました。

その廊下では、過去に事故や事件の記録は残っていなかったといわれています。
それでも、骨格の線は、毎晩ほぼ同じ時刻に、同じ場所で倒れ、起き上がれない姿勢のまま静止し、「違和感95%」という表示だけが点滅するようになったそうです。

カメラの不具合を疑った管理会社は、機器の交換と配線の点検を行いました。
レンズも本体も新品に替え、システムも最新のバージョンにアップデートされましたが、現象は収まりませんでした。
むしろ、更新後のログには、「転倒」「暴力」「徘徊」といった判定が混ざるようになり、棒人間の線は誰もいない廊下で、何かに押し倒され、引きずられ、起き上がろうとして再び崩れる動きを繰り返したといいます。

奇妙だったのは、その動きが「録画の再生」とは一致していなかった点だと記録されています。
映像を一時停止しても、骨格だけは数フレーム分、わずかに動き続け、数秒遅れて静止することがあったそうです。
まるで、映像と骨格表示が別々の時間を流れているようなずれ方だったと説明されています…。

やがて、廊下の異変は、警備室の方にも影響を及ぼし始めました。
ある夜、当直の警備員がうとうとしていたところ、突然、警備室カメラのモニターに赤い枠が現れ、「違和感93%」という表示音が響いたそうです。

その時、警備室には二人分の椅子があり、座っていたのは一人だけでした。
しかしモニター上では、空席の椅子の上に、骨格の線がゆっくりと現れ、何もないはずの背もたれに、頭と肩が沈み込むような動きを見せていました。
隣の椅子に誰かが座り、肘を机につき、モニターを覗き込んでいる姿勢を取っていたと記録されています。

骨格を示す線は、やがて画面に映る十階の廊下を指さすような形に変わり、その瞬間、廊下のカメラからも同時に警告音が鳴ったそうです。
二つのモニターに、同じ角度で腕を伸ばす棒人間の腕が表示され、その先には、やはり誰もいない廊下の中央が、赤い枠で囲われていたといいます。

以降、そのビルの防犯システムでは、深夜になると決まって「違和感95%」の警告が二箇所同時に鳴るようになりました。
十階の廊下と、警備室の空席の椅子。
どちらにも、人影は映らず、しかし骨格表示だけが、同じ姿勢で並んでモニターを見つめ、同じ方向を指さしているのだそうです。

最終的に、管理会社は異常な警報件数を理由に、AIによる「違和感」の自動通知機能を停止しました。
それ以降、警備室にはもう警告音は鳴らず、モニターの画面からも棒人間の表示は消えたと報告されています。

ただ、システムのログには今もなお、深夜二時過ぎの時刻に、同じカメラ番号で「違和感95%」という記録だけが残り続けているそうです。
映像ファイルは紐づけられておらず、再生ボタンを押しても、何も表示されることはありません。

それでも、ログの行を選択すると、画面の隅にごく小さく、「監視側の異常検知」という項目が追加されているのが確認できるそうです。
この項目が、通常のマニュアルや仕様書のどこにも記載されていないことだけが、はっきりしている事実だといわれています……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

「『違和感95パーセント』転倒や暴力、不審な動きをする人間を感知する防犯カメラが登場」

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/900176384.html

 

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