都心の高層ビルに入る、とある公的機関の一部署では、今も医薬品の副作用報告をファクスで受け付けているそうです。
電子報告の仕組みが整っても、古い様式や番号が現場に残り続けているからだといわれています。
ある十一月、ビル全館の計画停電が通知されました。
「停電期間中、ファクスによる報告は受信できません」
通知は院内向けのページにも掲載され、部署の職員も、金曜の終業前にファクス室の電源と回線を落とし、施錠したと記録されているそうです。
ところが、停電明けの月曜の朝。
ファクス室の鍵を開けた担当者は、焦げた紙のような匂いと、排紙トレイに積まれた十数枚の報告書を見つけたといいます。
受信日時は、すべて停電中の時刻でした。
発信元の番号は、どれも「000-0000-0000」と印字されていたそうです。
内容は、患者の年齢と性別、それに短い症状の記載だけでした。
「70代・男性・意識混濁」
「80代・女性・原因不明の転倒」
「60代・男性・夜間の興奮」
ただ、症状の発現時刻の欄には、どの用紙にも同じ文が添えられていたといいます。
「建物全体の照明が一斉に消えた直後より」
さらに、余白には手書きで、似たような文言が繰り返されていました。
「非常灯を含む全ての灯りが消えた」
「外の街灯も、窓の外から消えた」
「そのあいだ、時計の針はどれも動いていなかった」
そして、症状の経過欄の終わりには、決まってこう書き足されていたそうです。
「時間が動き出した瞬間、遠くで紙の巻き戻る音がした」
報告書の末尾には、提出者の氏名欄があります。
そこには、同じ苗字が何度もなぞられたような薄い字が残っていました。
その苗字の職員は、その部署には存在しなかったとされています。
協議の結果、これらの用紙は「停電時の誤作動による不明資料」として封印され、保管庫にしまわれました。
それで終わったかに見えましたが、数週間後、今度は深夜に一時間だけ電源を落とす「試験停電」の通知が回ったそうです。
今回は念を入れ、ファクス機の電源だけでなく回線も抜き、室内を確認してから施錠したといいます。
試験停電は予定どおり終了し、翌朝ふたたび鍵が開けられると、室内には前と同じ匂いが漂っていたそうです。
排紙トレイには、一枚だけ報告書が置かれていました。
受信日時は、試験停電の時刻とぴたり一致していたといわれています。
患者情報の欄には、「年齢不詳・性別不詳」。
主訴には、たった一文だけが印字されていました。
「停電中に送った報告が、そちらには届いていないようです」
提出者氏名欄には、この部署のものとよく似た名称が書かれていたそうです。
正式名称と、一文字だけ異なる名前だったとされています。
それ以来、そのビルでは計画停電や設備点検の告知において、「ファクスの停止」という表現をできるだけ避けるようになったといわれています。
そして、ファクス室の鍵を預かる担当者だけは、簡単に替えないようにしているそうです。
鍵を持つ人間が代わってしまえば、本当に届いていない報告が、今度は別の場所で積もり始めるのではないか――
その可能性を、誰かが恐れているのかもしれません……。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
医薬関係者からの報告 | 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
医薬関係者からの報告医薬品・医療機器・再生医療等製品の承認審査・安全対策・健康被害救済の3つの業務を行う組織。


