座るはずのない客 ― カウンターの常連

晩酌怪談

唐揚げをつまみ、ビールを飲み、何気なく撮った一枚。
仕事帰りのありふれた光景のはずだった。

だが写真を見返すと、卓上に奇妙な「濡れた手の跡」が浮かんでいた。油染みでも水滴でもない。人間の掌の形をした痕が、唐揚げの皿にかぶさるように残っている。

気味が悪くなり、店主に尋ねた。
「この席、何かあったんですか?」
店主は一瞬口ごもり、灰皿を拭きながら言った。
「……知ってる人は知ってるんですがね。ここ、ひとりで飲んでる人が必ず“もう一人分”頼んじゃうんです」

思い返すと、自分もその夜、唐揚げを二人前頼んでいた。腹が減っていたせいだと納得していたが、食べ終えた皿の数がどうも合わなかった。

さらに話を聞くと、常連の間では噂があるという。
「この席には“座るはずのない客”が一緒にいる。だから料理が増えたり、箸がずれたりするんです」

証拠を求めて再び写真を見直すと、別の異常に気づいた。
グラスの影が二つある。だが机に置かれていたのは一つだけだった。

鳥肌が立ち、慌てて写真を閉じた。
それ以来、あの居酒屋に行くたび、必ず同じことが起きる。注文した覚えのない皿が並び、知らぬ間にビールが減っていく。

そして店主は、いつも決まって言うのだ。
「お連れさん、今夜も遅いですね」

見えないはずの隣の客は、もう店に溶け込んだ常連になっているらしい。
私がその席に座る限り、ずっと。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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