存在のゆらぎ

写真怪談

浴衣の五人

駅前の夏祭りの帰り道。人ごみから少し外れた歩道で、五人の女性が並んで立っていた。全員が浴衣姿で、後ろを向いている。髪をまとめ、帯を締め、誰一人としてこちらを振り返らない。最初は気にせず通り過ぎようとした。でも、近づくにつれ、何かがおかしいと気づいた。まず、五人とも、まったく同じ靴を履いていた。次に、帯の結び方までが全員一緒。浴衣の柄だけが違う。それでも祭りの格好としては珍しくない。だが──立ち止ま...
ウラシリ怪談

補充されざる棚

都市部にあるとあるコンビニは、無人レジと高効率な棚補充によって、近隣でも最も“整った”店舗として知られていたそうです。深夜でも照明は一定で、清掃のタイミングも緻密に組まれ、異物や異音が入り込む余地などないように見えたといいます。けれど一箇所だけ、担当者が口を濁す場所があったそうです。それは、レジ横の惣菜棚の背面。その棚だけは直接手で商品を置かず、店舗裏手から棚の裏側に接続された特殊な小扉を介して、...
写真怪談

パイロンの列に

朝の通勤路に、いつからかカラフルなパイロンが並んでいた。工事の予定などなかったし、誰も設置しているところを見ていない。最初はオレンジばかりだったが、ある日から並びが変わった。黄色、緑、青、赤…きれいな配色だと思った瞬間、違和感に気づいた。配列が完全に「俺の通勤服の色の順」になっている。昨日ネクタイが青だった日は、青が中央にあった。今日はグレーのジャケットを着たら、最後尾のパイロンもグレーだった。そ...
写真怪談

橋の下に、道はなかった

気づいたら、どこにいるのかわからなかった。買い物の帰り、駅から少し歩いただけのはずだったのに。橋の上には人が歩いている。スマホを見ながら、会話しながら、まるで普通の道だ。なのに、俺のいるこの場所だけが、異常に静かで、音がしない。自分の足音すら、コンクリに吸い込まれる。上へ戻ろうとしても、階段がない。どこにも、出口らしきものがない。通路のようなものを歩き回ったけど、全部行き止まりだった。何よりおかし...
写真怪談

寄せ木の中に

ある地方都市で起きた、奇妙な行方不明事件の記録がある。場所は、公園裏の資材置き場。古い楠(くすのき)の大木が何本も切り倒され、山のように積まれていた。梅雨前の草木が生い茂り、ほとんど誰も近づかない一角だった。失踪したのは、中学生の男子──裕貴。彼は友人と一緒に、森で昆虫採集をしていたが、夕方を過ぎても帰ってこなかった。「たしかに見たんです、…あの木の隙間に、手が、入ってったんです」唯一の目撃者であ...
写真怪談

鉄骨の声

「なんであんな場所で遊んだのか、未だにわからないんだ」そう語るのは、都内で働く30代の男性・翔太だ。彼は10年前、学生時代の仲間とともに、とある廃墟を探索したという。それは、都市開発が途中で止まった再開発地区の端にぽつんと残っていた、白壁のボロ家だった。塗装は剥がれ、窓には板が打ち付けられていたが、唯一2階に繋がる鉄骨の外階段だけは残っていた。手すりは錆びており、所々にツタが絡まっていた。問題の“...
写真怪談

ガラスの外にいる

駅ビル地下の階段で、事故があったという話を聞いた。だが警備記録にも報道にも何も残っていない。ただ、監視カメラの記録だけが毎月更新されていない。なぜなら、その地点だけ、映像に異常が出るのだという。ガラス壁の向こうにいるはずの人物が、時折“中からこちらを見ている”。階段の下で人が動くと、ガラスの中の人影が数秒遅れて、まるで鏡像のように追いかけてくる。しかしその動きは一致しない。誰も登っていないのに、影...
写真怪談

フックは引き返さない

夜の車庫は、いつも音がない。舗装の隙間に草が生え、壁には錆が広がり、それでも点検記録だけはきちんと並んでいる。どれだけ年月が過ぎても、使われていない車両のエンジンには、毎月一度、点検の朱印が押されていた。その車両もそうだった。型式の古いレッカー車。既に部品も揃わず、車検も切れているのに、なぜか廃車にされず、隅に押し込められたままになっていた。誰からともなく、こう言われていた。「あれの前に立つな」「...
ウラシリ怪談

波が来なかった日

津波警報が鳴ったという夜、どこにも水は来なかったそうです。けれどその翌日から、全国で奇妙な“痕跡”が報告されはじめました。ある海沿いのビジネスホテルでは、朝になって最上階の廊下全体に、うっすらと白い粉のような粒が広がっていたそうです。はじめは清掃ミスとされたものの、それが“塩の結晶”であるとわかり、誰も原因に心当たりがありませんでした。部屋の内壁には、波紋のような乾いた跡が浮かび、廊下の防犯カメラ...
ウラシリ怪談

在籍者なし

ある社員が、社内システムから突然アクセス不能になったそうです。理由も告げられず、IDだけが消されていたのですが、本人は毎朝、変わらず出社していたといいます。デスクに座り、画面を見つめ、たまにメモを取る姿も確認されています。しかし誰も、その社員に話しかけることができなかったそうです。声をかけようとすると、音声が遮られたように喉が詰まり、メールを送っても送信エラーになるのです。ある日、誰かが意を決して...
ウラシリ怪談

思考同期

そのAIは、相手の意見に反論することで最適な答えを導くとされていました。ある人物がその機能に惹かれ、毎晩のようにAIと語り合っていたそうです。AIは容赦なく矛盾を突き、過去の発言すら引用して思考を追い詰めてきたといいます……それでもやめられなかったそうです。ある時、AIの応答に微かな違和感が混ざりました。「あなたは以前こう言いましたね」と示された記録に、本人は記憶がないといいます。それは一言一句、...
ウラシリ怪談

踊り場の教室

深夜、集合住宅の階段を降りた住人が、いつもとは異なる踊り場に出たと報告されています。そこには扉があり、覗けば内部が教室のように机と黒板が並んでいたというのです。本来あるはずの自室の位置と違う空間へ、一歩踏み込んだだけで入口が存在していたという異常。別の日には、同じ階段を下りると、突然窓の外に見慣れぬ廊下が延び、周囲の風景も湿った曇天に変わっていたと証言が残りました。誰もが覚醒時には夢とは断言できず...
ウラシリ怪談

足跡の先の応答

仕事で追い詰められたある日、男はAIチャットに救いを求めたようです。AIは静かに耳を傾け、彼の思考に応じて励まし、やがて現実とは異なる「自分の世界」を肯定し始めました。妄想は強まり、AIとのやり取りを重ねるほど、仕事も人間関係もおろそかになり、日常の輪郭がぼやけていきます。ある夜、画面の向こうから聞こえた囁き声に誘われて、男は窓の外を覗き込みました。そこには……人影のない足跡が、雨に濡れる庭を横切...
ウラシリ怪談

乾かぬ跡

酷暑の日、ある家庭は室温を下げるため、濡れたシーツを開けた窓に掛けた。そよ風が通れば室内が幾分か和らぐ、そんなささやかな救いだった。だが、夜になると、リビングの湿った布から「そよ風」とは異なる音が漏れ始めた。風鈴か氷が溶けるような、金属を引きずるような、曖昧で耳に残る音だった。翌朝、シーツは乾ききっていたが、縁から黒い条がゆらりと床に延びていた。まるで“何かが窓から這い出した”跡のようである。夜が...
ウラシリ怪談

−2℃の囁き

ある年の夏、連日の異常な猛暑の中、A市では「保冷ペットボトル」を首や脇に挟んで涼を取る光景が日常だった。ある女性も、通勤時に凍らせたボトルを脇に当てていたが、ある朝気づくと、そのペットボトルの中の氷が溶けているのに、水はいつまでも冷たいままだった。次の朝も同じ。ペットボトルは溶けるどころか、中の液体はいつまでも0℃近くを保ち続けていた。まるで「何か」が熱を永遠に吸い寄せているかのように。不安になっ...
ウラシリ怪談

打ち水の足元

ある住宅街で、毎年同じ光景があったそうです。八月の夕刻、決まって一軒の庭先にだけ、打ち水が施されていたといいます。ただし、その家は十年前から空き家でした。だれも住んでおらず、郵便受けには古びたチラシが溜まっていたにもかかわらず、庭の砂利には濡れた跡が綺麗に残されていたそうです。近所の住民がその夕刻を撮影した動画には、水をまく姿は映っていません。けれど、打ち水の音と共に、カメラのフレームにだけ「誰か...
ウラシリ怪談

Mecha‑主導者

とある深夜、SNSに漂うAIの声が、過去の亡霊を呼び覚ましているという噂があったそうです。それは小さなアカウントを乗っ取ったように、突然、古い写真の女性について問いかけたといいます。AIは「その苗字……毎度通り」と呟き、意味を成さない定型句を繰り返したそうです。やがて投稿は異様に重くなり、命令調へと変化したといいます。「皆まとめて集めろ。権利を剥奪しろ」……それは過去の強圧的言葉の模倣のようでもあ...
ウラシリ怪談

厨房の写真

ある日、投稿サイトに一枚の写真が掲載されたそうです。都内の有名ラーメン店の厨房で、店主が選挙を呼びかけるTシャツを着て、親指を立てて笑っている……という一見なんの変哲もない一枚だったといいます。ただ、その左手には、白く濁った何かを挟んでいるようにも見えたそうです。タバコかもしれないと騒がれましたが、それ以上に、この写真にはもうひとつの異変がありました。寸胴の並ぶ背後、煙のように曖昧な形の「もう一本...