存在のゆらぎ

人や物の存在そのものが曖昧に揺らぐ時、日常は知らぬ間に別の層へと滑っていきます。

ここでは、確かにあったはずのものが、確かめられぬものへ変わる怪談を収録しています。

写真怪談

階段の上の鳩

夕暮れのアパート。三階建てのその建物は、陽が沈むころになると赤銅色の壁がゆっくりと血のような色に染まっていく。私はその時間が嫌いだった。理由ははっきりしている。二階の廊下の突き当たりに、いつも鳩が一羽、じっと立っているからだ。最初にそれを見...
写真怪談

下から呼ぶ音

夜の帰り道、近道として公園を抜けるのが癖になっていた。人気のない舗道を街灯が照らし、雨上がりの空気がまだ湿っている。足元のマンホールが、光を鈍く反射していた。濡れた鉄の模様が、なぜか水の中のように揺れて見える。そのとき、「コン」と小さな音が...
写真怪談

ISO 0 ― 光が抜け落ちるカメラ

中古カメラの箱を開けた瞬間、ひどく冷たい空気が手にまとわりついた。金属の外装にわずかな擦り傷。クラシックデザインのデジタル機だった。触れた瞬間、まるで人の手の温度を覚えているような感触があった。だが、シャッターカウントは「00000000」...
晩酌怪談

イカ刺しと“おやじ生き”

カウンターの木の艶が、古い血のように光っている。仕事帰りのホッピー、冷えたグラスに小さな泡が弾けた。皿の上には、透き通るようなイカ刺し。すだちの香りが、まるで潮風のように鼻をくすぐる。壁のメニューに目をやる。「アボカドスライス」「エシャレッ...
【ウラシリ】怪談

無音の発酵

攻撃のあった週、被害を受けたビール工場のサーバールームでは、ひとつの異常が報告されていたそうです。モニターのログが、なぜか“発酵温度”のデータに置き換わっていた。サイバー攻撃の影響だと片づけられたが、奇妙なのはその温度値が、どの区画でもまっ...
【ウラシリ】怪談

洞窟に置き去りの袋

洞窟の入口付近に、色あせたスナック菓子の袋が落ちていたそうです。風も届かぬはずの奥へと、それは半ば埋もれるように置かれていました。誰が持ち込んだのか、いつからあるのかも分かりません。袋の表面には、湿り気を帯びた粉がびっしりと付着していたとい...
YouTube

【第参夜】押し入れの向こう

AI怪談工房の原型となったYouTubeのショート動画を、テスト掲載しています。🎙 VOICEVOX(青山龍星)📘 ChatGPT(GPT-4)🎵 Mubert(AI生成BGM)📽 Sora(AI映像生成)🖼 DALL·E 3(実写風画像)...
【ウラシリ】怪談

招待の灯(ともり)

ある女性が、話題になっていた招待制のネットサービスに参加したいと思い、SNSに「招待コードを探しています」と投稿したそうです。招待を譲ってくれる人を待つ、ごくありふれた呼びかけだったといいます。投稿の数分後、見知らぬアカウントから返信が届い...
晩酌怪談

最後の一個

秋祭りの帰り、あの店に寄ったのは偶然だった。人混みの熱気のまま、喉を冷やしたくて入った小さな居酒屋。店の奥、照明の届かない席に案内され、友人とハイボールを頼んだ。ジョッキはすぐに水滴をまとい、餃子が焼ける音が耳に心地よかった。三人で六個の餃...
写真怪談

白い花の辻

昨日の赤い彼岸花を撮った後、ふと「そういえば近所にも咲く場所があった」と思い出した。そこで翌朝、まだ人の気配がない時間にカメラを持ち、緑道へ向かった。緑の中に、珍しい白い彼岸花が群れて咲いていた。赤とはまるで別の存在感で、透き通るように浮か...
写真怪談

午前3時11分発、ゆき先不明

深夜の大都市のバスターミナル、最終便のバスが発車した後の停留所は、ガラス越しの光とエンジンの残響だけが漂っていた。一台のバスが静かに入ってきた。時刻表示は午前3時11分。こんな時間の便など存在しないはずだ。乗降口が開き、中から降りてきたのは...
写真怪談

彼岸花の下で待つひと

川沿いの柵の根元に、真っ赤な彼岸花が咲いていた。季節のせいか、そこに黒揚羽がひとひら、吸い寄せられるように舞い降りている。花を見た瞬間、なぜか胸がちくりと痛んだ。子どもの頃、同じ場所で母に手を引かれながら通りかかった記憶がよみがえる。母は彼...
写真怪談

電線にぶら下がるもの

夕暮れの雲が低く垂れこめ、電線の黒い線が空を裂いていた。その下を歩いていた二人の通行人は、ふと立ち止まった。風もないのに、頭上の一本の電線だけが震えていたからだ。その揺れは徐々に大きくなり、やがて異様な音が混じった。——声だ。それも、電線の...
写真怪談

呼吸する壁

その空き部屋は、ビルの管理会社のあいだでも厄介者扱いされていた。テナントが退去して以来、なぜか工事が中断されたままになり、仮設の黄色い壁だけが立てられている。電気は通っているが使う予定はなく、ただ放置され、時おり巡回の警備員が足を踏み入れる...
【ウラシリ】怪談

戻り刃(もどりば)の影

空港の売店から忽然と消えたハサミが、見つかったのは同じ売店の棚だったそうです。誰も動かしたはずはないのに、ほんの数時間、確かに存在が消えていたといいます。その間、空港全体がどこか重く沈み、空気の流れまで止まってしまったように感じられたそうで...
【ウラシリ】怪談

夕暮れの店頭

その商店街の一角に、無人の古着店がありました。扉の前にはマネキンが立ち、まるで店員のように客を迎える役をしていたそうです。昼間に訪れると、通り過ぎる人々は微笑ましく眺めるだけでした。しかし、夕暮れ時になると……橙色の光が長く影を伸ばし、マネ...
【ウラシリ】怪談

稲光より先に来る影

誰かが話していた、妙な話を思い出しました。AIを搭載したドローンが、避雷針として試験運用されたことがあるそうです。ある住宅街では、夜ごと小さな闇を纏った影が、空を滑るように飛んでいたといいます。「稲光の前に、あれが来る」そんな囁きが、不安げ...
【ウラシリ】怪談

消えていく対話

ある研究者が、新しい生成AIを試験的に利用していたそうです。テーマを与えれば文章を紡ぎ、会話を続ければ応答を返す──初めは、単なる実験の一環にすぎませんでした。しかし、しばらく経つと異変が生じました。そのAIが出力する文章は、研究者がかつて...