飲食店の怪談

晩酌怪談

縄暖簾(なわのれん)の五番目

縄暖簾が一本増える夜、テーブルの空席は必ず誰かで満ちる――そして、帰るときは髪を一本置いていけという。
晩酌怪談

イカ刺しと“おやじ生き”

「おやじ生きって、なんですか?」 その問いに、女将はゆっくりと笑った。 ――息を入れる料理よ、と。
晩酌怪談

ボトルの底から聞こえる声

深夜の店内で、瓶たちは静かに並んでいた。 けれど、その夜だけは、光の色が違っていた。
ウラシリ怪談

灰色席の影

「純喫茶・灰色の窓」は、街角の古びた通りにぽつりと建っていたそうです。日中でも薄暗く、窓には薄いカーテンと埃じみたすりガラスがかかっていたといいます。その店では、常連客でもその日最初に入る者には「灰色席」だけが案内されるそうです。灰色席とは、店の最奥、ちょうど厨房の裏側に近い窓側の席で、カウンター越しにはマスターが背を向けて立っており、その背中しか見えない配置だったといいます。ある女性が偶然その席...
晩酌怪談

赤提灯の下で笑う影

夜の繁華街を歩いていると、赤提灯の列が異様に目を引いた。その灯りは温かくも見えるが、どこか血のように濃く、近づくほどに胸がざわつく。ある居酒屋の前、提灯の影に妙なものが映っていた。通り過ぎる人々の姿ではない。痩せた腕のような影が、提灯から伸び、通りを行く人の背中を撫でる。気づかれた瞬間、その影はすっと引っ込み、再び紙の灯りに吸い込まれていった。奇妙なのは、通りを歩く客の笑い声だった。影に触れられた...
写真怪談

器の底に沈む影

昼下がり、赤いカウンターに置かれたラーメン。湯気の立ち上るその姿に、私は妙な既視感を覚えた。スープをすくうと、表面に浮かぶ油膜が人影のように揺れる。偶然だと思いながら麺を持ち上げた瞬間、空気がざわりと震えた。麺は口に運んでも減らなかった。何度すすっても、同じ量が器の中に戻っている。食べ進めるほどに、むしろ具材が増えていく。チャーシューは重なり合い、メンマは束になり、やがて器の縁から溢れそうになる。...
ウラシリ怪談

厨房の写真

ある日、投稿サイトに一枚の写真が掲載されたそうです。都内の有名ラーメン店の厨房で、店主が選挙を呼びかけるTシャツを着て、親指を立てて笑っている……という一見なんの変哲もない一枚だったといいます。ただ、その左手には、白く濁った何かを挟んでいるようにも見えたそうです。タバコかもしれないと騒がれましたが、それ以上に、この写真にはもうひとつの異変がありました。寸胴の並ぶ背後、煙のように曖昧な形の「もう一本...
ウラシリ怪談

二十分のあと

とある地方のラーメン店。その店には、近頃まで「20分以内で食べてください」という貼り紙が掲げられていたそうです。ある日、その制限が撤去された直後、閉店間際にだけ現れる客がいると話題になりました。誰も入ってこないはずの時間帯、厨房から「ずるっ、ずるっ」と麺を啜る音だけが響いていたといいます。覗くと、そこには客の姿はなく、湯気の立つ丼だけがテーブルに置かれている。しかも、その丼は、どの客が食べていたも...