風鈴は、風が鳴らすものだと思っていた。
けれどこの街の骨董市で見つけた風鈴は、違った。
透き通る硝子の中には、小さな魚のような形の気泡が浮かんでいる。覗き込むと、その魚がわずかに尾を振っているように見えた。風に揺れると、澄んだ音が響く――しかしその音は、まるで誰かの息が詰まる瞬間のように途切れ途切れで、耳の奥をざらつかせる。
持ち主に聞けば、この風鈴は「夏の気配を閉じ込めたもの」だという。炎天下、川遊びに出た子どもたちがひとりずつ帰らなくなった夏、町の古い硝子職人が残した遺作だそうだ。
以来、この風鈴を吊るすと、夏は必ず長引く。蝉の声は八月を過ぎても止まず、空はいつまでも青く、湿った熱気が家々を覆い続ける。だが、それ以上に恐ろしいのは――夏の終わりを迎えるはずだった子どもたちの気配まで、共に閉じ込められていることだった。
夜、ふと目を覚ますと、風もないのにチリン、と音がする。硝子の中の魚が動いたように見える。風鈴に吊られた短冊が、わずかに揺れて、見覚えのない子どもの名前が浮かび上がっていた。
その名を口にすると、遠くから呼びかける声がする。
けれど――決して返事をしてはいけない。夏が、永遠に終わらなくなるから。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。