商店街の細い路地を歩くと、頭上に無数の和傘が吊るされていた。赤や桃色、薄紫の布地が重なり、光を柔らかく遮っている。まるで花の海に潜っていくようで、訪れる人々は皆、思わず足を止めて見上げるという。
だが、地元ではこの飾り付けにまつわる話を誰もしたがらない。ある夜、傘の下を歩いていた若者が、不意に足を止めた。耳元に、傘の内側から声がしたのだ。
「わたしを見つけて」
最初は気のせいかと思った。だが一歩進むたび、別の傘の内側から同じ声が響く。赤い傘からは少女のような囁き、紫の傘からは湿った老女の吐息、そして白い傘からは無数の人々が呻くような重い声。
若者は恐ろしくなって走り抜けようとした。しかし、ふと気づくと路地の出口が見えない。何度進んでも、頭上には果てしなく連なる傘。
やがて、足元がじわじわと冷たく濡れていくのを感じた。見下ろすと水たまりが広がり、そこに映るのは自分の顔ではなかった。知らぬ人々の顔が幾重にも重なり、苦しげに口を開けている。
最後に見たのは、自分の顔が水面に沈み、傘の布地に吸い込まれていく光景だったという。
以来、あの路地の傘の一つひとつには、夜になると誰かの影が宿ると噂されている。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
(c)TRUNK-STUDIO – 画像素材 PIXTA –
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