帰宅はいつも深夜だった。残業のあとコンビニに寄り、アパートの階段を上がる。
何も特別なことはない。ただ、二週間ほど前から、違和感があった。
階段を上りながら、ふと数えてしまう。
一段、二段、三段……。
いつのまにか、階段の数が変わっている気がするのだ。
このアパートの外階段は、確か十五段だった。引っ越してきたとき、荷物を運びながら数えたのを覚えている。
ところが、ある晩に十六段。翌日は十四段。
別に誰かが手を加えた形跡はない。ただ、足の感覚がそれをはっきり告げる。
十五段目を上がったと思った瞬間に踊り場があるはずなのに、壁がまだ上に伸びている。
あるいは、十四段目で着いたはずの踊り場が少し早く現れる。
どちらの場合も、上がりきった瞬間、なぜかほっとする。
だがその安堵が、間違いなく自分の身体に染みついていくのが分かる。
今夜、上がる途中で気づいた。
数えることをやめようと思っても、足が勝手に数を刻む。
一段、二段、三段――十一、十二、十三……十五。
十五段目を上がっても、まだ踊り場が見えない。
階段の照明が一段ごとに遠のいていく。
暗くはない。けれども奥行きだけが増していく。
息を吸うと、鉄と雨のにおいがした。
目の前にもう一段、まだある。十六段目。
踏み出した瞬間、踊り場に着いた。
安堵と同時に、背中の皮膚が強く波打つ。
見下ろすと、下の階の電灯がまるで遠くにあるように小さく見える。
扉を開け、部屋に入る。
靴を脱ぎ、照明をつけ、壁の時計を見る。
秒針が――十五秒を過ぎても、動かない。
十六秒目に、小さく「コッ」と音を立てた。
その夜から、階段の段数を数えられなくなった。
上がるたびに、違う時間に着くようになったからだ。
――昨日は、朝の七時に帰ってきた。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。