夜の帰り道、近道として公園を抜けるのが癖になっていた。
人気のない舗道を街灯が照らし、雨上がりの空気がまだ湿っている。
足元のマンホールが、光を鈍く反射していた。
濡れた鉄の模様が、なぜか水の中のように揺れて見える。
そのとき、「コン」と小さな音がした。
しずくが落ちた音かと思ったが、どうも違う。
地面の下から響いたように感じたのだ。
耳を澄ますと、何かがゆっくりと“動いている”音が混じっている。
金属をこすり、空気を押し上げるような――そんな音。
気のせいかもしれないと思いながらも、足が止まらなかった。
耳を近づけると、湿った空気が頬をなでた。
その中に、人の声とも、風ともつかぬ低い音が混じっている。
言葉にはならない。
ただ、こちらの呼吸と同じリズムで、響きが波打っている。
それがわかった瞬間、ぞっとして顔を上げた。
マンホールの中央が、かすかに上下していた。
中で何かが息をしているように。
その膨らみが、こちらの呼吸とぴたりと合っている。
息を止めても、向こうは止まらなかった。
代わりに――重い鉄の下から、ゆっくりと空気が漏れる音がした。
次の日、公園のその場所に黄色いテープが張られていた。
夜中に誰かが行方不明になったらしい。
それからというもの、雨が降る夜に通りかかると、
足元のどこかで“呼吸の音”が、ゆっくりと数を数えているように聞こえる。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。