最後の一個

晩酌怪談

秋祭りの帰り、あの店に寄ったのは偶然だった。
人混みの熱気のまま、喉を冷やしたくて入った小さな居酒屋。店の奥、照明の届かない席に案内され、友人とハイボールを頼んだ。ジョッキはすぐに水滴をまとい、餃子が焼ける音が耳に心地よかった。

三人で六個の餃子を頼んだ。だが、なぜか皿の上には七個あった。
「サービスかな?」と笑いながら一つずつ箸を伸ばす。誰も最後の一個を取らなかった。
やがて話が弾み、酒も進んで、気づけばグラスも皿も空に近い。俺が冗談めかして言った。
「じゃあ、この最後の一個、誰が食べる?」

そのとき、向かいの友人が奇妙な顔をした。
「……おい、今、食べたろ?」
「は? 食べてないけど」
「いや、だって、皿から消えたじゃん」

皿には焼き目のついた餃子の跡だけが残っていた。
それが、俺が最後に見た「一個」だ。写真を撮ったのはその直後だったと思う。
翌日、友人から連絡があった。「おまえ、昨日、途中で帰っただろ?」と。
だが俺は最後までいた。あの黒い皿の前に。
ただ、もうひとり座っていたような気がする。
氷の溶けきったグラスを挟んで、誰かが静かに笑っていた。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

タイトルとURLをコピーしました