昨日の赤い彼岸花を撮った後、ふと「そういえば近所にも咲く場所があった」と思い出した。
そこで翌朝、まだ人の気配がない時間にカメラを持ち、緑道へ向かった。
緑の中に、珍しい白い彼岸花が群れて咲いていた。赤とはまるで別の存在感で、透き通るように浮かんで見える。
ファインダーを覗くと、花の奥に人の形をした影がぼんやりと揺らいでいる。実際の視界には何もないのに、レンズ越しにだけ存在していた。
不思議に思いながら数枚シャッターを切った。
帰宅して写真を確認すると、白い花はどれも鮮明に写っていた。
だが一枚だけ、異様なものが混じっていた。
そこには、この街にかつてあった古いバスロータリーが写っていた。
もう取り壊され、今はマンションが建っているはずの場所だ。
さらに、その待合所の前に「今の自分」が立っていた。カメラを構え、こちらを見ている。
――その“自分”の顔だけが、真っ黒に塗りつぶされたように潰れていた。
思わず息を呑み、画面を閉じた。だが再び開いたときには、写真は消えていた。
部屋の空気が微かに鉄錆の匂いを帯びている気がした。
古いロータリーの待合所で嗅いだことのある、あの匂いだ。
静けさの中、ただ一つ確かに残ったのは――白い彼岸花が“向こう側”への入口である、という確信だった。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。