棚に並ぶ記憶

写真怪談

都内のビルの一角、北海道のアンテナショップに入ったときのことだった。
ふと目に留まったのは、棚一面に並ぶ袋麺やレトルト食品。そのどれもが、遠い昔を呼び覚ます匂いを放っていた。

学生時代、ひとり暮らしを始めてすぐの頃。金もなく、よく食べていたのは、湯切りのお湯をスープにする独特なスタイルの“あのカップ焼きそば”だった。深夜の台所で湯を沸かす音と、アパートの古い壁を伝うような人の気配。そのとき隣室に住んでいた青年が、不意に姿を消したことを、今も鮮やかに思い出す。警察が来て、部屋は封鎖された。理由は聞かされなかった。けれど僕は知っていた。あの夜、壁越しに聞いたすすり泣く声を。麺をすする音に混じって聞こえてきた、誰かの嗚咽を。

記憶はそこまでのはずだった。だが目の前の棚に視線を戻すと、あり得ないことが起きていた。
商品パッケージの印刷された人物の笑顔が、わずかに揺らめいている。ほんの一瞬、袋の透明窓から覗いたのは、見覚えのある隣人の横顔だった。湯気に濡れた額、そして歪んだ口元。

耳元で音がする。袋を揺らすような、乾いた麺が砕けるような小さな音。
思わず後ずさると、周囲の客は誰も気づかない様子で買い物を続けている。なのに僕にははっきりと聞こえるのだ。棚の奥から、ずるり、と麺を啜る音が。

その瞬間、ひとつのカップ麺が、するりと棚から落ちてきた。
拾い上げたとき、指先がかすかに湿っているのに気づいた。底に触れた部分だけが、妙にぬるりとしている。
思わず鼻に近づけると、湿った木の壁に染みついていた、あの古いアパート特有の匂いがした。

耳の奥にこびりついた音が、再び静かに鳴りはじめていた。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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